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中文翻訳編集:黄淑菁
英文翻訳:白須康子 英文翻訳:伊藤菜月妓 英文翻訳:坂元一枝 (2010.4月起) |
![]() 霜がきている。ここにきている 薪は値がはり 森は立ち枯れ 炉の火は赤々 霜がきている。ここにきている 過ぎゆく年のかかとに 食らいついて。 噛みつけ、霜、食らいつけ、霜! おまえは青いワラジムシを ふとったヤマネをまりのようにまるまらせ 昼の光からかくす 蜂は唸り声をひそめ、 ハエは死に絶え 霜は家を芯まで冷やす でもわたしの心は冷やせない。 噛みつけ、霜、食らいつけ、霜! 森は枯れはて 薪の値は上がりっぱなし 炉の火はいよいよ赤く わたしの春はそれだけ近い 霜よ、おまえは大地の芯にまで 食らいついているが 私の心は冷やせない。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 地方に行って、思わぬ面白い建築に出会うと、とても嬉しい。 12月に訪れた青森では、電車を降り、通路の上から真っ白な雪の中に佇む、 赤い不思議な建物が目に飛びこんできて、目を奪われた。そこは、ねぶたの本物を 展示し、ねぶたの歴史を紹介する「ワ・ラッセ」という建物だった。 私は、さっそく訪れたが、その日は吹雪!、雪の舞い飛ぶ中に映える赤い建物は、 風土を研究した結果の色、そして形状だと納得、わくわくさせてくれた。 もしかして、この建物のデザインでなければ、私はねぶたに興味を持たずに 帰ってきたかもしれない。そのくらい、このデザインには力があった。さっそく 中に入って、誰の建築なのか?を訪ねたところ、フランスの建築家だという。 調べてみると、フランク・ラ・リビエレという建築家で、現在は東京に事務所を 持って、東京の建物も他にも沢山手がけている方だった。 吹雪の朝の11時は、レストランにも誰もいない。イスに座るとガラスから 見える目の前の海を、吹雪に負けじと海鳥が飛んでいく。 真っ白な雪に、なんて赤が美しいのだろう!、まるで赤い短冊を折り曲げた ようにも思える隙間から、雪がどんどん吹き飛んで中に入ってくる。 きっと、この状況も計算の上だろう! 私は、一人どきどきしながら、その建物の空間に入れる自分を喜んでいた。 外に一歩出れば、手も凍るほどに寒く、顔には氷のような雪が吹き付ける! けれど、その分、建物に入った時の安堵感は格別だ! 雪の国の、それに似合う建築を発想するのは、さぞや楽しかっただろう! クリエイティブはとても正直だと思う。作り手が楽しんで創造したかが、 必ず受取手にすぐに伝わってしまう。 そんなふうに感じられた建物だった。 ![]() ![]() 白龍、赤龍、青龍、黒龍、金龍、・・・私達の生活の中に、龍はたびたび お目見えし、日本人の生活に密着している生きもので、性格も異なる。 龍や麒麟は、実際に存在し、私達と次元の違う世界に生きているという。 それをたまたま、次元を越えてその次元の波長と合った人が、写真を撮ったり、 実際に会ったりするのかもしれない。 私は、実際に金色の龍と話をした人を知っていた。Kさんという古代史の研究家 で、時というものを越えたところに住んでいるような思考の持ち主だった。 龍神が、空の天候を司ると言っていた。龍神を呼んで、雨を降らしたりして 見せることもあったので、ある時など、アフリカの干ばつが続き、知り合いから どうしても雨を降らせて欲しいと頼まれて、その人は、アフリカに出向き、 龍神を飛ばして実際に雨を降らせたのだが、雨の少ない土地に合うように 作られた小屋は、大雨になり今度はそれで大変な騒ぎになったという。 Kさんの子どももそれを目撃しているので、お父さんを怖く感じたと後で 話してくれた。Kさんは、龍使いと昔なら言われたような人だったかもしれない。 たびたび龍神にいろんなことを頼んでいた。ある時、富士山に近いある神社の 龍神に呼ばれ、卵を持ってお詣りに行った時の出来事。 お詣りをして気がつくと、自分が光の中にいて、大きな龍のお腹にもたれて いたという。最初はわけが分からなかったのが、息をする度にお腹が動くので、 見上げると金色の龍が、首をもたげてこちらを見ていたという。 「汝の願いを申せ」と言うので、彼はある願いを頼んだところ、それから 1ヶ月ほどして、実際に彼が知り合いになりたかったという人と、連絡が 取れるようになったのだと教えてくれた。 Kさんは、53才で突然亡くなったので、今生きておられたら、今の日本に 沢山の龍神を引き連れ、活躍してくれただろうと思うと、残念でならない。 世の中には、想像も付かない神秘が存在する。 神社でひたすら、口から 水を注いでくれている龍に、命が宿っていないとも限らない。 新年の光は、そんなことも思わせてくれた。 ![]() ![]() ![]() ![]() 今年、始めての雪が関東地方に降った。 こんな時に、読みたくなるのが、この本だ。 同じ作者の、「ぼく、おつきさまがほしいんだ」も大好きな本だが、 冬の季節、雪が降った森で初めて、つららに出会ったもぐらが、つららを、 光るたからものだと思いこんだ時の様子が、愛らしく描かれている。 雪国で育った私にとっても、つららは冬の季節の中で確かにどきどきさせて くれる特別なものだった。 1メートルもあるつららを見つけて、どうにか割らずに取り外して、 家まで持ち帰ろうと何度もチャレンジしたことを思いだす。 大抵、つららをはずした瞬間に雪の中に落ちて突き刺さり、つららの先が 折れてしまった時の残念な想いを、今でも覚えている。 今では、そんな大きなつららを見ることもないが、自然というものが 与えてくれる大きな神秘を、あらためて素敵だなと思う。 ![]() ![]() バードウォッチングをする人々にとって、葉っぱを落とした木々の増える 冬の景色は、鳥を識別するのには、絶好のチャンスかもしれない。 時々、散歩をしていて、急に鳥たちがいっせいに目の前にやってきたり・・・ という瞬間に出くわすことがたびたびあるが、今年も面白い出会いがあった。 1月2日、近くの川を観に行った帰り、どうも2羽のカラスがつけてくるというか、 待っていてくれるというか、私の先へ先へ飛んでは枝に止まって、 私が来るのを待ち、近づくとまた飛ぶという感じを繰り返していた。 そこで、立ち止まり、「カーちゃん、こんにちは!、何か話したいことあるの?」 と声をかけたら、後ろのほうから、小さな鳥たちが10羽くらいぱらぱらと 飛んできて、目の前の枝に止まった。カラスは、少し上の電線のほうに 移動していった。 小鳥たちを見ると、綺麗な黄緑色!、大好きなメジロたちだ!、 わあー、かわいい!と見上げていると、何か懐かしい音が聞こえてきた。 「とんとんとんとんとととんとんとん!」頭を目いっぱい後に逸らして 見上げると、小さなコゲラが、枝をつついている。彼らは、枝の中の虫を いたるところの枝の穴に、肉だんごにしてしまう習性があると聞いたことが あった。コゲラは私にはおかまいなしで、自分の仕事に精を出している。 私が歩き出したら、さっきのメジロや、シジュウカラもそこに加わって、 すぐ前のざくろの木に止まっては飛び、止まっては飛び・・・と何か 言いたそうにアプローチしてくる。 「ああ、言葉が話せたらなあ・・・・」、冬の林は、思ったより賑やかだ。 写真の一番上には、コゲラが、二番目には、メジロとシジュウカラが写っている。 目を凝らして見えるかどうか? 試して欲しい! ![]() 京都から帰った友人から、京菓子をいただいた。 味もパッケージのデザインも素晴らしかったが、後に書かれたいた 文章に感激した。干支の菓子を作る心意気のようなものを感じた。 「干支菓子 龍」太古より龍は、幻想の生き物でありながら、あらゆる天象を 司る神の化身であり、偉大な霊獣として神聖化されてきました。 日本では得に水の神として民間信仰が有名で、かの今昔物語には 弘法大師が干ばつから世を救うために、京の都、神泉苑において 龍の権化、善女龍王を呼び雨を降らせたという逸話が伝えられています。 干支菓子「龍」は、森羅万象を統べ、天を舞う龍の姿を、刻み栗をふんだんに 散らし入れた黒糖の風味豊かな羊羹に託し、心を込めてご調製いたしました。 新春のことほぎをどうぞ、味わい深い干支菓子にて、お祝いくださいませ」 ![]() ![]() 富士浅間神社の北宮で、このお守りを買った。 パット見て、とても美しかったからだ。紫色と、ふっくらした 大きな貝のフォルム、そして人物のシンプルな形が愛らしいと思った。 絆守りとある。 私は、年回かなりいろんな神社に行っていると思うが、お守りを買うのが好きだ。 それぞれの神社で工夫を凝らしているのが分かって面白い。 じゃあ、お守りの力をどのくらい信じているか?と聞かれると、守ってもらいたい ためにお守りを買っているという意識は、ほとんどないような気がする。 いくら、守りがあってもその人が体験しなくてはいけない出来事への遭遇は、 きっと天のずっと上の方で決められて起きていると思うから、お守りがなくても、 あっても、それは同じことのように感じる。ただ、お守りを持っていたから、 その難事が軽く済んだね・・・というような話はありえると思う。 そうなるように決まっていたけど、少しご加護をかけてあげようか? っというような感じだ。ただ、お守りが付いていたり、バックに入っていると、 ふと普段、神様のことをすっかり忘れているのに、お守りを見た時に、神々を 思いだし、自分が神様と一緒にいられるような気持ちが湧いてくるから好きだ。 なんというか、神様の自分は子どもだから、一緒にいる感じが心地いいという ような感じだ。 でも、お守りにもう力がなくなった・・という感覚は分かる ようになった。例えば1年経ったお守りや、途中でヒモが切れてしまった お守りなど見ると、ふがふがと浮き上がって、なんのパワーも感じられない、 まさしくお役目が済んだという感じになっている。 やっぱり、お守りは生きているんだなって思う。 ![]() 小学4年生は、全部で50人、2クラスの生徒が待っていてくれた。 みんなが最初から嬉しそうな笑顔で、拍手と歓声で迎えてくれた。 子どもの頃に私がそうだったように、ほっぺが赤い子どももいて、 とても懐かしかった。 お陰で、私もいつもどおりリラックスして話せた。小学校4年生くらいは、 素晴らしく幸せな時期だ。妖精の存在を信じる子もまだいる。 私は、鶴城小学校時代に、今の世界への道へ導いてくださった先生と出会った。 小学校というのは、後に振り返ると素晴らしい感性を養う有一の時間を育む 貴重な場所だ。 私が、夢を持っている人?っと、聞くと、沢山の生徒が大きく 「はーい!」と声をあげて手をあげてくれた。 私は、イマジネーション、想像力を育む心の大切さや、夢を実現するためには どうしたらいいか? などの話をして、絵本の読み聞かせをした。 絵本は、私の「よるがきらいなふくろう」と、「おいしいありがとう」だった。 きっとみんな辛い話とか家庭で多いだろうと思い、美味しい、 楽しくなるお話もいいなと思ったからだ。 台湾からご一緒した、出版社楽山の林氏は、台湾の子どもたちが日本の 被災地の子どもたちに書いた手紙をまとめた本を、1冊づつ渡して、 本の中から3通の手紙を読まれた。 子どもたちは台湾という国に興味を持ったり、手紙を読んだりしていた。 みんなで写真を撮る時に、サインが欲しいとか、握手や私に触りたいと 言って来る子が何人もいた。後で考えると、そういう現実とは違う ちょっと楽しい時間を感じてもらえたなら、それだけで嬉しいと思った。 彼らが今後、どんな困難に立ち向かっていかなくてはいけないかは分からない。 けれど、子どもたちの瞳は、みんなきらきらしていた。 帰る時に、後ろで聴かれていた数人の大人の方たちの中に、泣いている 方がいて、その人を見た時に私も思わず涙が込みあげてしまった。 福島の被災は、日本の被災であり、自分のことだと思った。 未来は、未来であり、何も決まっていない・・・。 また機会を作って、もっともっと子どもたちとふれ合いたいと思った。 4月に校舎の建て替えのために、小学校は一時的に違う場所に移転するという。 私はラッキーにも、母校の最後の姿を見れたということだった。 みしらず柿のオレンジ色が、夕日に綺麗に輝いていた福島が、一日も早く 元気になってくれることを願わずにいられない。
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